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人生は旅!

おこがましやNHKはもっと謙虚になるべし発想を変えよ!

まずハッキリと言っておきたい!
半世紀にわたりNHKの受信料をキチンと支払って来た身である!
今年も春には、一年分の支払いを済ませている!

そんな実直でマジメな長年の視聴者に対して、先日NHKから感謝の礼状でも送られて来たのかと思い、いざ読んでみると何と見てもいない衛星放送の受信料の案内であった!
無礼千万おこがましきこと甚だしいではないか!

地上波の番組だけでもどっさりとあるのに、もっと他に衛星放送も見よと迫る必要などまったくないのだ!
ハッキリ言って衛星放送を見る気もないし、見たいとも思わないのである!

NHKの思いとしては、放送の幅を広げ選択肢をたくさん提供することが、視聴者のニーズに沿ったあり方であるというワンパターンの発想があるやに見える。

しかし、高齢者の側からすると、溢れくる情報を制御したい、不要な情報はハナから切り捨ててしまいたい、質の良い情報だけをジックリと受け止めたいという願望が強いのだ!

正直に言って、大谷翔平選手の活躍する試合をNHKの総合では見せずに、ワザと衛星放送への切替を誘うあのヤリ方にはホンマに腹が立つ!
もっと言うと、これまで総合でやっていた大好きな番組も随分と、なんのことわりもなく衛星放送に移されてしまった。
このヤリクチも誠におこがましい!
ある一定数の視聴者を確保した後、その人々を衛星放送に切替えるように誘導するための、NHKの常套手法である!

されどNHKよ、視聴者にさらに愛さ信頼されるNHKであるには、このような姑息なヤリ方はヤメにして、真に視聴者のことを考えた方針に発送を切り替えるべきである!

現在のNHK会長は、18年ぶりの内部出身者の会長と聞く。
だからこそ余計に心配になることがある。もう50年近くも前の話であるが、学生時代にNHKで二年ばかりアルバイトをしていた親友が、NHKの官僚主義の悪弊に辟易していたのだ!
是非今のNHKには、そんな悪弊である官僚主義はもうハビコっていないことを祈りたい!

しかし、半世紀を経たとしても変わらないものもあるのは、悲しい世の中の現実である。
ガザを見よ!ロシアとウクライナを見よ!イランと米国を見よ!
80年以上前と、何も変わっていない!

そうは言ってもNHKよ、視聴者であると同時に受信料を支払っている我々に対して、もっと謙虚になってNHK事業を行なうことを目指して欲しい!
その姿勢がホンマに受信料を支払う側である我々が、ハッキリと目に見えて理解できるように方針を改めて貰いたい!

NHKと民放テレビ局との違い/ホームメイト

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江戸時代に流行った日本の連歌が今の分断社会の救世主になる!

江戸時代に大流行した「連歌(れんが)」、そしてそこから派生した「俳諧の連歌」に現代社会の分断を溶かすヒントがあるはずだというのがこのブログの着眼点である!

結論から言うと、連歌の持つ「共感のシステム」と「寛容の精神」は、SNS時代のギスギスした分断をひっくり返す強力な処方箋になり得える!

なぜ連歌が現代の救世主になり得るのか、その理由を分かり易く3つのポイントに整理してみた!

1. 「自己主張」ではなく「他者への共感」がルールの世界なのだ!

今のネットやSNSは「いかに自分の主張を通すか」「論破するか」の戦いになりがちだ。しかし、連歌のルールは真逆だ。
前句(前の人が詠んだ歌)を全肯定する!前の人の歌を否定したり、無視したりしては成り立たない。「なるほど、そう来ましたか」と一回受け入れる必要があるのだ。

前の人の文脈を少しズラして展開する!

前の人の世界観をベースにしながら、ちょっと違う角度の光を当てて次の景色を見せる。これは、現代で言う「相手を尊重しつつ、新しい視点を提案する」高度な対話術そのものである。

2. 「私」をいつもより控えめにして「場」を作る!
西洋的なディベートは「誰が勝ったか(個人の勝利)」を競うが、連歌は「その場にいる全員で一つの作品を完成させる」のが目的である。
誰か一人が目立ちすぎてもまずいし、下手な人がいても周りがその人をフォローして繋いでいく。
「一座建立(いちざこんりゅう)」という言葉の通り、敵味方や身分の差を超えて、その瞬間、その空間を共にする仲間(連衆)になる。この「利他的なマインド」こそ、今の世界に一番足りないものだ。

3. 「変化」を受け入れる柔軟性が不可欠!
連歌は、百句(百韻)続ける中で、最初と最後では全く違う世界にたどりつく。春ののどかな景色から、いつの間にか恋の話になり、仏教の無常観に移り変わっていく。
「一つの正義」に固執して相手を叩くのではなく、「世界は移り変わるものだし、いろんな意見があっていい」という、日本人が本来持っていたグラデーション(多様性)を認める知恵が詰まっているのだ。

ただし、連歌をそのまま現代にインストールするには、一つだけ乗り越えなあかんハードルがある。
それは、連歌には「式目(しきもく)」というめちゃくちゃ細かいルール(禁忌やリピートの制限など)があって、このルールを覚えるのが大変すぎて、現代人にはハードルが高すぎる。
だから、もし現代の救世主にするなら、五七五の形にのみこだわらず、「相手の言葉をリスペクトして引き継ぎ、ちょっとだけ違う視点を乗せて次に回す」という『連歌的コミュニケーション・アプリ』みたいな形に翻訳して世界に広めるのがよいかもしれない。
論破カルチャーに疲れた現代人に、「連歌マインド」はめちゃくちゃ刺さるはずだ!

世界を救うための連歌のシステムは極限までシンプルであるべき!
もし、現代の「分断」を溶かすために、世界中の誰もが3秒で理解できる『超・簡易版連歌ルール』を作るとしたら、こんな感じかな!

世界を救う「超・シンプル連歌」の3大ルール
ルール①:前の人の発言を「全肯定」から始める(Yes, and…)!相手が「今日は雨で最悪だ」と言ったら、「いや、雨も必要だろ」と論破するのではなく、「確かに雨だと気分も沈むよね(Yes)。だけど、おかげで家でのんびり本を読む時間ができたよ(And)」と繋ぐ。
ルール②:自分の意見を短く(文字数制限)!
SNSの長文お気持ち表明や、ダラダラしたレスバを封じるために、Twitter(現X)全盛期よりもさらに短い「一言」だけで返す。
ルール③:勝ち負けをつけない(出禁・論破の禁止)!
オチがつかなくてもいいし、話が最初のテーマから180度ズレてもいい。「どこに辿り着くか分からないドライブ」を全員で楽しむ。

現代のSNSと「シンプル連歌」の決定的な違い!
今のネット空間と、このシンプル連歌を比べると、コミュニケーションの構造が全く逆になる!
現代のSNSは分断の温床やが、シンプル連歌は分断の救世主!
SNSの目的は自分の正しさを証明する(論破)やが、連歌は次の人にバトンを綺麗に渡す(共創)や!
SNSは自分 から不特定多数(自己主張)やが 、連歌は前の人 から 自分 そして次の人(循環)や!
その結果、 連歌では異なる意見を排除してエコーチェンバー化 、予想もしない面白い結論に辿り着く!

これなら言語の壁を越えて、翻訳ツールを挟みながらでも世界中でラリーが出来る。

「米国の右派」と「左派」、「イスラエル」と「パレスチナ」の人が、お互いの主義主張を脇に置いて、この「前の人の言葉を受け取って、ちょっとズラして返す」というゲームを繰り返したら、気がついた時にはお互いクスッと笑っているかもしれない!

連歌の複雑なルールを削ぎ落として、「他人の存在を認め、緩やかに繋がる」という連歌のコア(核)だけを抽出する!

これこそ、今のギスギスした世界に一番必要な救世主となる「遊び心」なのだ!

連歌の基礎知識/ホームメイト

京都大学所蔵資料でたどる文学史年表: 連歌 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

短歌に萌える中学生や高校生ゾクゾクと!

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めでたさも中くらいなり「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産への登録!

日本の古代国家誕生の歩みを示す宮殿跡や寺院跡、墳墓で構成される遺跡群「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県橿原市、桜井市、明日香村)が、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録される見通しとなった!

しかし、めでたさも中くらいなのだ!

来月7月19日から韓国・釜山で開かれるユネスコ世界遺産委員会で正式に決定する見込みと、文化庁が昨日6月6日の発表した。
要するに、ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)が「登録」を勧告したのである。
登録されれば、国内の世界文化遺産は、2024年登録の「 佐渡島さど の金山」(新潟県佐渡市)に続き22件目となる。

では、なぜめでたさも中くらいなのか?

その理由は、国内では「飛鳥・藤原の宮都」の重要性は当たり前の周知の事実なのに、なぜこれほど何年も待たされたのか?というもどかしさや、理不尽にさえ思える足踏みに対する怒りは消えないからである!

地元や関係者が積み上げてきた熱意や学術的成果から見れば、「何を今さら」と言いたくなるのだ!

では、一体「誰が」そこにブレーキをかけ、実質的な「イチャモン」とも言える厳しい要求を突きつけていたのか。
結論からハッキリ言うと、主犯は今回登録を認める方針のユネスコの諮問機関であるICOMOS(イコモス:国際記念物遺跡会議)である。

そしてその背後には、彼らが信奉する「西欧中心主義的な評価基準」がある!何が起きていたのか、その構図をストレートに分析してみた!

1. 主犯はICOMOS(イコモス)の専門家たちである。
世界遺産に登録するかどうかを事前に審査し、事実上の決定権を持つのが国際的な専門家組織「イコモス」である。彼らが何年も首を縦に振らなかった理由は、一言で言えば「机の上のジャンル分け(カテゴリー)の壁」であった。
「遺跡(考古学)か、建築か、景観か」の押し付けなのだ!
イコモスの審査員(特にヨーロッパ系の学者)は、目に見える石造りの神殿や、今も残る古い街並みを好む。一方で、飛鳥・藤原は「建物は残っておらず、地面の下の遺構(考古学遺跡)と、それを取り巻く万葉の景観」が一体となった遺産である。
イコモスの審査員は「考古学的な遺跡としては平城宮跡があるし、景観なら京都がある。この遺産のコア(核心)はどっちなんだ? どっちつかずだ」という、極めて硬直化した二者択一を迫り続けた。国内の専門家からすれば、それらが「一体となっているからこそ価値がある」のに、彼らの硬い頭のフレームワークに収まらないというだけで、門前払いに近い状態が続いたのである。

2. 「古都奈良(平城京)」の影、過去の日本の登録実績があった。
もう一つのハードルは、皮肉にも日本が過去に登録した「古都奈良の文化財(1998年登録)」であった。
イコモス側は、「奈良(平城京)の登録のときに、日本の国家形成のストーリーはすでに語られている。なぜ車で1時間も離れていない場所に、また同じような『日本の始まり』を名乗る遺産が必要なのか?」という、官僚的な「重複チェック」をかけてきたのだ。
彼らにとって、飛鳥・藤原・平城京のグラデーション(過渡期と完成期の違い)は「日本国内の身内のこだわり」に見え、「世界的な価値(Ouv(顕著な普遍的価値))」として認めるには、もっと決定的な証拠を出せと、いわばハードルを意図的に高く設定されていたのが実態である。

つまり、誰がイチャモンをつけていたかと言えば、「ヨーロッパの石造り文化の基準でしかモノを見られない、頭の固いイコモスの審査員たち」なのである!
彼らは、木と土の文化であり、地中に埋まった遺構から「目に見えない国家誕生のシステム」を読み解くという、東アジア特有の考古学の高度なロジックをなかなか理解しようとしなかったのである。
国内で「周知の事実」であっても、彼らのガラパゴス的な審査基準に「翻訳」して、相手の土俵で論破するまでに、これだけの無駄な歳月を費やさざるを得なかったというのが、今回の長期化の正体である。

そして、悲しい話であるが、もう一つの正体は残念なことに外務省なのである!

このような苦労を地元や関係者に負わせてきたわが国の外務省の罪、つまり国連改革への熱い思いとその戦略性の無さは、もはや見逃せないレベルに達しているのだ!

今まさに渦中にある米国とイランの停戦問題に関する、わが国の外務省の対応がすべてを象徴している!

あえて説明はしない、シッカリと外務省の今後の米国とイランの停戦問題への対応をウオッチするだけでハッキリと分かるはずだ!

奈良 飛鳥・藤原の宮都が世界文化遺産登録の見通し…ユネスコ諮問機関が勧告 : 読売新聞

日本の若者よ世界の為にも「国連職員」を目指せ!少なくとも10倍の1万人へ!

『シャルギー(東洋人)』のいた国は今!

国際記念物遺跡会議(ICOMOS)名誉会長から見るICOMOS 後編 – 文化遺産国際協力コンソーシアム


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