迷惑千万の米国とイランの停戦交渉のニュースを見ていて、ふと急に思い出した話をしてみる!
昭和40年(1965年)前後の思い出である!
子ども心に、一度は父になぜ予科練を志願したのかを聞いてみたくなり、「なんでお父ちゃんは予科練に行ったん?」と切り出した。
父の答えは、「お父ちゃんはなぁ、テクテク歩かされるのがイヤやった!」
「徴兵で陸軍に入隊させられて、歩け歩けなんぞ言われたくなかったんや!」
「ならば自ら海軍を志願し、中でも飛行機乗りになる予科練に決めたんや!」
との話であった。
大正15年(1926年)生まれの父の青春時代は、まさに戦争の時代であった!
父は旧制中学4年生の時、自ら志願して帝国海軍の予科練に入隊したのであった!
そんな父はやはり仕事第一の人で、またお酒大好きの人でしたので、仕事帰りには必ず一杯飲んでのご帰宅でした。
それでも土曜か日曜の夜には度々添い寝をしてくれて、話をしてくれたものです。
自分の記憶では、五歳頃から十歳くらいまでのことかなぁと思います。
その折には必ず三歳下の弟と一緒に、父を挟むように寝ながら話を聞きました。
父の話のなかみは、ほぼ100%が予科練時代の話でそのメインは同期生の親友たちにまつわる話でした。特にIさん、Oさんのお二人の話が圧倒的に多かったのです。
そんなことから、子ども心にまるでIさんとOさんは、我が心の友のごときなんとも言えぬあこがれ感を持つようになった次第です!
後年昭和も終わりに近づくころ、両親と弟も一緒の四人で家族旅行をした福岡の宿にて、実際に特にあこがれ感の強かったIさん御本人とお会い出来た時には、我ながら大いに感激した次第であります!
特に伝説のごとく聞いていたIさんの「門司港のバナナのたたき売り節」の実演は、ホンマに見事で圧巻でした!







