本題から逸れるが、本日パキスタンで行われた米国とイランの初の停戦会議に触れておきたい。第一回目の間接二国間会議を終えて、米国代表のバンス副大統領は米国に帰国した。仮にそこそこの内容があっても、米国とイランは両国ともに国内向けにも海外向けにも、タフな交渉をしているポーズをシッカリと見せつける必要があるのだ。そう兎に角見かけだけは、重々しくとても難しいフリを演じなければならないのである!
閑話休題、本題に戻ろう。
母が亡くなり後三か月程で丸七年が経つ、息子である自分の年齢も既に古希を超えた。
そんな歳になってもよく思い出す母の言葉がいくつかある。その中でも一番最初にスッと出てくるのが「楽は苦の種、苦は楽の種」なのである!
誰もが一目で意味の分かる、実にシンプルな言葉である。
しかし、誠に奥の深い言葉なのだ。
その深さは、歳を重ねれば重ねるほどに深くなるのである!
その深さの具体的な話を、直近の事例にてお話しする。
先月三月の半ば前に、大学時代からの親しき仲間二人が連れだって東京から我が新天地を訪ねてくれ二日間大いに遊んだのを皮切りに、昔から親しき御一家とフランス料理のランチ会で懐かしい話題で盛り上り楽しんだ。
また続いて、我が弟が初めて兄の新天地である当地を訪れたことから、我が娘一家が全員で三月生まれの我ら兄弟の誕生祝いを盛大に祝ってくれた。
さらには、弟が大和に帰る際には孫の一人を連れて共に帰郷し、奈良の大仏を拝んで鹿と戯れ、葛城山から大和平野と大阪平野を見下ろし、花の吉野へも足を運んだ。まさに大和の春を満喫して、先月末に帰宅したのだ。
実に三週間近くも、遊び呆けたのであった!
間違いなく、人生今までで一番長い間遊び呆けたのだ!
実に愉快な時間であった。
そこで母の言う「楽は苦の種、苦は楽の種」である!
一週間ほど前から久方振りに遊び疲れから風邪気味となり、いつもの風邪薬を飲んで回復の兆しのあった数日前、綿棒で耳掃除をしたのだ。
さすれば、数時間後に右耳に違和感を覚え始め、翌日には我が右耳が赤く腫れ上がりダンボの耳となったのである!
心配した娘からたまたま持っていた薬を貰い、今なんとか快方へは向かいつつある。しかし、こんなに耳が腫れたのも、人生で初めてのことであった。
やっぱり母が言った通り、「楽は苦の種、苦は楽の種」とは、実に奥が深い言葉なのである!
その深さは、歳を重ねれば重ねるほどに深くなるのである!
では、明日には念の為に病院へ行くことにする!
楽は苦のたね、苦は楽のたね 白隠慧鶴|Collections|Japanese Sculpture Next 100 years project / project by KANEGAE







