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ビリー・アイリッシュ!

今頃知った次第ですが2021年のジェームス・ボンドシリーズ映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」の主題歌を狂おしく切々と語るようなバラードで歌い上げたビリー・アイリッシュ!

懐メロばかりではなく、たまには若い人の新しい話題の歌を遅ればせながらも聴いてみるべきだと、つくづく思いました!

そんな彼女がつい先日の8月26日に、初の日本単独公演「ハピアー・ザン・エヴァー・ワールドツアー 2022」を開催したとのこと。

彼女が日本のステージに立つのは四年振りで、音楽フェスティバル「サマーソニック 2018」以来とありました。

以前の新聞記事を思い出し調べてみると、彼女は2020年に米国の「第62回グラミー賞」を、史上最年少の18歳で受賞。その上さらに年間最優秀レコード、年間最優秀アルバム、年間最優秀楽曲、最優秀新人賞の主要4部門に加えて合計5部門を受賞した、21世紀最大のスターだとありました。

その当時アメリカではスゴイ新人歌手が出て来たぞと思った記憶はありましたが、実際にその曲を聴く機会は今までありませんでした。

しかし、007がこの歌に導いてくれたのです!

No time to die!

今回日本でも若者の支持が絶大と知り、初めて他の歌も聴いてみました。

囁くような呟くような歌い方に、まずは「何じゃこりゃー!」と驚きました。されど「芝居は唄うように、歌は語るように」とはよく言ったもので、見事に歌が語られているのでした。

動画ではドキリとする映像と共に、やや突き放すような歌い方もしますが、決して冷たく拒むような感じではありません。

むしろ、人に寄り添うイメージが伝わってきます。

聞けば日本の現代アートの旗手である村上隆さんも彼女の大ファンとのことで、二人でコラボも実施。

なお、ビリー・アイリッシュ自身もまた村上隆さんの大ファンだそうです。

米国のローリングストーン誌ではこんな風な記事も書かれていました。

ビリー・アイリッシュは自身の思いについて、「私はファンの手の届かない存在にはなりたくない」と発言している。そんな彼女は自身がトゥレット症候群を患っていることも公表するなど、努めて自らを「見える化」することで出来るだけファンとの関係を大切にしようとする。

余談ながら、トゥレット症候群とは、1年以上にわたって運動チックと音声チックの両方がみられるときに診断されるとのこと。チックとは、目的のない同じような不随意運動が素早く不規則に繰り返される現象(運動チック)や、意図しない音や言葉が突然(しばしば)繰り返し発せられる現象(音声チック)です。チックは意識的に努力することで短時間だけ抑えることができます。(MSDマニュアルの家庭版より)

そんなビリー・アイリッシュは、メンタルヘルスで悩む人々をサポートする団体の公共広告動画で、自らのうつ病体験や経験を語りながら、「助けが必要だからといって、あなたは弱いわけじゃない」と言い切った。
さらに「心の健康を大切にするのを忘れずに」なんて言われると、他の人はみんなそうしてるんだと思ってしまう。でもそれは大間違いなの」と言った。そして「私の場合は、まだ自分がOKな状態でいられるかどうかを模索している途中なんだ」と述べている。
なお彼女は、自らの音楽を「あなたをハグして安心させるもの」と考え、「私の音楽は安心や癒しを得るためにある。私はあなたがどんな気持ちかわかる、あなたは一人じゃないよ」とも語っている。

なんと二年連続の第63回グラミー賞の年間最優秀レコード賞!

この歌詞には何があっても二人で乗り越えていこうという、仲の良い兄フィニアス・オコネルとの関係が描かれています!

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21世紀に生きる君たちへ(司馬遼太郎)!

「21世紀に生きる君たちへ」は、1996年(平成8年)に亡くなられた日本を代表する歴史作家司馬遼太郎さんの言わば日本の将来を担う子供たちへの遺言です。

今日御存命ならば、一昨日に亡くなられた英国のエリザベス女王よりも三歳年長の99歳になられます。

余談ながら、エリザベス女王は亡くなられる二日前に英国史上三人目の女性首相であるトラス首相を任命されたばかりでした。

なお、1979年に女王が任命した英国史上最初の女性首相は、「鉄の女」と呼ばれた故サッチャー首相で、女王よりも一歳年長でした。

閑話休題、この「21世紀に生きる君たちへ」は、1989年(平成元年)の小学校の教科書にも以下のごとく掲載されました。

司馬遼太郎さんの没後26年を経た2022年の今、まさに21世紀の現在に起きている現実が、ロシアによるウクライナ侵攻であることを思うと、あらためて今の時代の日本人に読み直されるべき司馬さんの「遺言」です。

平成元年「小学校国語六年下」大阪書籍より!

「21世紀に生きる君たちへ」(司馬遼太郎)

私は、歴史小説を書いてきた。もともと歴史が好きなのである。
両親を愛するようにして、歴史を愛している。

歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と、答えることにしている。

私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史のなかにもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。

だから、私は少なくとも2千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。この楽しさは — もし君たちさえそう望むなら — おすそ分けしてあげたいほどである。

ただ、さびしく思うことがある。
私がもっていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。

私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。

君たちは、ちがう。
二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。

もし、「未来」という街角で、私が君たちを呼び止めることができたら、どんなにいいだろう。

「田中くん、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている、二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」
そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という街角には、私はもういない。

だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。

私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。

原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。
それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動のもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。
「やさしさ」
「おもいやり」
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
みな似たような言葉である。

これらの言葉は、もともと一つの根から出ている。
根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならない。

その訓練とは、簡単なことだ。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろな、と感じる気持ちを、そのつど自分でつくりあげていきさえすればよい。
この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。

君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲良しで暮らせる時代になるにちがいない。

鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、大切にしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格をもたねばならない。男女とも、たのもしくない人格に魅力を感じないのである。

もういちど繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分には厳しく、あいてにはやさしく、とも言った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていく。そして、”たのもしい君たち”になっていく。

以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。

君たち。君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。

私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。

(平成元年「小学校国語六年下」大阪書籍)

「21世紀に生きる君たちへ」は、司馬遼太郎さんが初めて子供たちに向けて書いたエッセイでした。

司馬さんの小説作品が素晴らしいのは言うまでもありませんが、大人向けに書かれた多くのエッセイもこの上なく味わい豊かで、ずっと心に刻まれる話が多々ありました。

中でも個人的に心に残る話は、チャレンジ精神旺盛な司馬さんが新たな分野に初めて踏み入る際の大人の知恵です。

それは、まったく新たな分野を理解しようとする際、まず目を通すべき最初の本は、「その分野の大家がこども向けに書いた本」だという話です。

理由は、その道の大家がこどもたちの為に全身全霊をかけて、出来る限りに分かり易く、その道の本質を語ろうとしたものだからです。

小学校教科書では省略がありましたが、ここでは全文が朗読されています!

最後に、司馬遼太郎さん御本人の懐かしい動画です!

「21世紀に生きるきみたちへ」の話も含まれています!

もう一つおまけにエンヤーコラー!

0914夜 『この国のかたち』 司馬遼太郎 − 松岡正剛の千夜千冊 (isis.ne.jp)https://1000ya.isis.ne.jp/0914.html

「倜儻不羈(てきとうふき)」という言葉!

奈良国立博物館の「空海展」を見て:KUKAI The Universal Scenes from His Life!

シャルギー(東洋人)!

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コンプライアンス・ラプソディ in Japan!

東京都教育委員会のセクハラ教師懲戒処分、さらには自衛隊のセクハラ・パワハラ等に関する特別防衛監察を全組織対象での実施が決定!
またまた賑やかに、声だけのコンプライアンス強化やマニュアルの更新が叫ばれることであろう。
コンプライアンス・ラプソディ in Japan、それはいつものことである。

本来コンプライアンスとは、柔軟かつタイムリーに活用されてしかるべきものであるが、我が日本においてはコンプライアンス疲れしか引き起こさないスタイルで実施されることが多い。これが根本的な問題である。

例えば、米国のコンプライアンスならば当然のこととして、多人種・多言語・多文化の状況に基づいて作成されている。しかし、それと同じような代物では外国籍の方も増加したとは言え、ほぼ単一民族・日本語・日本文化の我国においてはあまり機能しないのが当然ではなかろうか。
グローバル化を考えるのは大事なことではあるが、それと同様に日本独自のローカル化も真剣に考えなければまったく片手落ちである。

あらためて思うに、ハラスメント対策問題の本質は、何度も同じ問題が同じような状況で繰り返されるていること、そのこと自体である。
問題が起きるたびに毎回いつも一般諭的に、「こんなことはしてはいけません!」の単なる繰り返しで誤魔化してしまうのが落ちである。
そもそも少し考えれば当り前のことであるが、学校の先生方や自衛隊の方も大多数の方は、このようなハラスメントとは縁の薄い方々であろう。
そんなハラスメントに縁の薄い方々まで巻き込んでコンプライアンスの話をするから、本来の焦点がボケてしまう。その結果、いつも一般論的な対策話に終始し効果は伴わないのである。

さらに言うと、ハラスメントにもともと縁の薄い方々にとっては、そのような警告的なコンプライアンスはいわゆるノイズでしかなく、ほとんど意味をなしていないのが実状であろう。
本来なすべき対策は、全体からすると少数派ではあるがハラスメントを起こした人や、起こしそうな可能性のある人に対して有効かつ具体的な対策を個別に実施すべきことである。
本気で対策を行う気があるならば、まず大きな組織では必ずハラスメントを監視する独立した専業専門の組織を立ち上げるべきであろう。兼業ではダメで、専業のプロフェショナルを育てることが大事である。

また小さな組織に対しては、行政や業界団体が中心となり専業専門組織を立ち上げて対応すべきかと思う。
便利なことに、今やほぼ国民全員がスマホを手にする時代である。さらにAIを使えば人手もあまりかけずにハラスメントを起こす確率の高い人の把握や、個別案件の状況把握について相当な対応が出来るのではなかろうか。
ある人がハラスメントを認識すれば、本人が間髪を入れずに当該専業専門組織へまずは連絡をすればよし!
勿論冤罪的なこともあろうが、その苦情を受け取った専業専門組織は、まずはハラスメントの可能性がある案件と捉えて迅速に動き出すべきである。
この初動段階で大いに有効と思えるのが、GAFAによるネットでの広告システムである。ネットを利用する個人の好みを分析し、それに基づく関心のありそうな広告を予想して配信している。このような個人に則した配信システムに工夫を加え、ハラスメントの疑いのある人に対し、ハラスメント防止を促す警告広告を頻繁に配信するのである。勿論、配信解除が出来ないような工夫も必要である。

なお、ハラスメントとは縁の薄い方であっても、企業においては役員や幹部には全員、学校においては校長・教頭や幹部には全員、自衛隊においては将官及び幹部には全員に対し、対策の実施状況の把握と幹部教育を兼ねて当該警告広告が配信されることは、その立場上必要であることは言うまでもない。

参考までに、防衛省によると自衛官や事務官から寄せられるパワハラやセクハラなどに関する相談件数は年々増加し、昨年度は2300件を超えている。

相談件数は、
▽2017年度が326件
▽2018年度が625件
▽2019年度が1074件
▽2020年度が1468件
▽2021年度は2311件と4年で7倍余りに増加している。

いずれの年度も、相談の9割前後はパワハラに関する内容が占めているという。

厚生労働省も以前からこんなビデオまで作成して努力はしていますが、御存知のように成果はあまりないのが実状です。

これもそもそも警告を受けるべき方々本人にシッカリと届いていないことが原因と考えられます!

こんな警告はそもそも受けるべき方本人に届いてこそ初めて成果も期待できるものです。ハラスメントと縁の薄い多くの常識ある善男善女にとっては、もともとほぼ無用に近いものであります!

蛇足ながら今週刊誌等が騒ぐ香川照之氏のセクハラ事件も、まさにコンプライアンス・ラプソディのオンパレードである。

NHKを始めとするテレビ局がすべて彼の出演番組を自粛と称し放送からカット、トヨタを始めとするスポンサー各社もCM放送を自粛と称しカット!

ハッキリ言って香川氏は日本でこそ有名ではあるが、グローバルな世界ではそれほど目立つ存在ではなく、言わばローカルな存在の俳優さんであろう。

また、問題が生じた現場はニュースによると、銀座の高級クラブとのこと。席に着くだけで一人数十万円の料金と聞くが、普通の庶民の店でそんな料金を取ると、直ぐにボッタくりだとなり警察沙汰である。ところが銀座の高級クラブでは料金が高いボッタくりだと警察に訴える人はいないようである。

庶民からすると銀座の高級クラブは、言わばリアルに存在するメタバースの世界と言える。金銭感覚がお店の方もお客の方も共に通常ではない異常な方々の集団の世界である。そんなメタバースの世界で起きたことを、我々庶民の通常の世界と同じ土俵で考えること自体にいささか違和感を覚えるのである。同じくバッシングであっても、本来はもう少し違和感の少ない、工夫されたバッシング対応があってしかるべきであろう。

さらにテレビ出演のことに触れると、昔ながらの日本の大人であれば俳優の演技は役の上のこととして見るだけである。それ以上でもなく、それ以下でもないのである。番組を見る際に、その俳優の個人的な人間性はどうであるのかなどと考える人は極めて稀であろう。

繰り返すが、コンプライアンスは日本のローカル性も考慮した上で、柔軟かつタイムリーに活用されるべきである!

エリザベス女王の驚くべき7つの規律──70年間という長きにわたり、英国王室を守り続けられた理由。 | Vogue Japanhttps://www.vogue.co.jp/celebrity/article/queen-elizabeth-disciplines

亡くなられたエリザベス女王のコンプライアンスである!

ジャニーズ騒動に日本のマスコミを想う!

BBCの「Predator:The Secret Scandal of J-Pop」に想う!

イスラエルには慎み(つつしみ)を、パレスチナにはテロの排除を求めたい!

アンコン、ポリコレ、マイアグと「徳を積む」Cultivate Virtue!

儒教、仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、ユダヤ教における復讐(Revenge)に対する教えとは!

プーチン大統領とゼレンスキー大統領がお忍びでcome to japan、四国へお遍路に出かける物語!

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パキスタンの山津波!

なんと今度の災害は、北極や南極の氷が異常に溶け出すという、地球温暖化によると考えらる近年の大問題と同じことだったのかー!

日本の約二倍の国土面積があるパキスタンにおいて、大雨による洪水により何と国土の3分の1が水没。これは、本州と四国を合わせたほどの面積に相当します。

もし、我国で起きればまさに「日本沈没」の緊急事態です!

まさに今パキスタンでは3300万人もの方々が被災し、死者は1200人を超えたとのことです。

6月からの雨量は、例年同時期の5倍以上となっており、NASAの衛星写真を見ると、インダス川下流に幅100キロほどの大きな湖が確認できます。

こんな衝撃的な出来事をニュースで知りました。
そして、この悲惨な大洪水被害が起きた原因は、氷河湖決壊洪水の発生にあるとのこと!
「通常よりも3倍の氷河湖決壊洪水が発生しました。300%まで増加したのです」とパキスタン気候変動相 シェリー・レーマンさんが説明しています。

この氷河湖決壊洪水の別名が山津波!
山の上にあり今までずっと溶けなかった氷河が溶け出し、まるで津波のように流れだしたのです。
パキスタン政府の関係者が、山津波の被害を訴えるため、SNSに幾つもの動画を投稿しています。地元メディアによると山津波は今年に入ってから既に、30件以上発生したとのこと。

原因は「前例のない猛暑」としています!

なお、我々日本人が知っている日本の山津波とは、地震による斜面災害のひとつで、山の斜面が崩壊して河川が堰き止められて湖ができることから発生するものである。
水がたまり続けてある限界を超えると堰が耐えられなくなり、堰き止められた水や土砂が一気に下流を襲う。勿論、地震以外に大雨などでも引き起こされます。(高知大学内の研究グループである、岡村土研さんのサイトにある解説を参考にさせて頂きました!)

ナルホド、山津波というメカニズムそのものは今回のパキスタンも日本で起きたものと変わりはないのだが、パキスタンの山津波は猛暑により氷河が溶けて起きたという、原因そのものが根本的に違うのである。

BBCニュース!

既に日本政府や日本のNPOなども救済支援は始めているが、さらに一層の支援が必要なことは容易に予想される。

我々日本国民一人一人も可能な限り支援をすべき時である。

なお、国民の代表である岸田総理には、より一層リーダーシップを発揮し、この度のパキスタン洪水災害支援をよりなかみの濃いハートフルな支援にして頂くことを篤く希望します!

今も記憶に鮮明な昨年2021年7月3日熱海の土石流災害ですが、土石流の別名もまた山津波です!

この災害の原因は人災で、地球温暖化ではなく人の仕業でした!

昨年2021年7月日本の熱海での山津波!

次は関東地方の山津波の歴史です!東洋哲学、漢字学の大先生である白川静さんのお話まで登場です!

歴史的大規模土砂災害地点を歩く – いさぼうネット (isabou.net)https://isabou.net/knowhow/colum-rekishi/colum62.asp

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そうだったのか統一教会!

安倍元首相暗殺事件により、改めてマスコミも騒ぎ日本の政界において今注目の問題となっている旧統一教会、現在の世界平和統一家庭連合!

今回初めて、その公式サイトを覗いてみて思った。

与党・野党を問わず多くの日本の政治家が関わりを持ったのは、成程こういうシッカリと米国をも巻き込んだグローバルなこんな背景があったのだと!

まるで歴代米国大統領のお墨付きがあるようなイメージを、その歴史表示は訴えて来るのである。まさしくそのことを強く意図するマインドコントロールのように!

七十七年前の太平洋戦争における敗戦以来、日本が自国の国防を依存してきた米国に対し弱みを感じるのは、なにも政治家ばかりの話ではないであろう。

ドリフターズの言う、「ダミイダコリャ!」の思いになる。

先日亡くなられたゴルビーこと元ソ連のゴルバチョフ大統領も、米国のレーガン大統領のお墨付きもあってのことであろうが統一教会を支持、同氏が設立したゴルバチョフ財団(ゴルバチョフ友好平和財団)は、長きにわたり統一教会の資金で運営されてきたとの話である。

なお、旧統一教会は世界190か国程に進出しているとのことであり、米国および日本ではかなり成功しているようではあるが、欧州各国においてはその成果は今一つのようである。

宗教学者の櫻井義秀さんのお話によると、統一教会が大きく成長した最大の戦略的要因として、統一教会が国別に機能を特化させる戦略をあげておられ、「宗教的競争力のなさを、政治・経済部門の事業多角化とグローバルな事業展開で乗り切った」との見方があるとのこと。

以下が、世界平和統一家庭連合の公式サイトにあるその歴史表示の一部である。

1954年5月1日:世界基督教統一神霊協会創立

1959年10月2日:日本統一教会創立

1965年6月25日:文鮮明総裁、アイゼンハワー米国元大統領と    会見

1974年2月1日:文鮮明総裁、ニクソン米大統領と会見

1976年9月18日:ワシントン・モニュメント広場で30万人の聴衆を集めて「ゴッド・ブレス・アメリカ・フェスティバル」を開催

1982年5月17日:ワシントンタイムズ発刊

1990年4月11日:文鮮明総裁、ソ連・ゴルバチョフ大統領と会談

1991年12月6日:文鮮明総裁、北朝鮮を訪問(11.30)し、金日成主席と単独会見

1993年9月7日:韓鶴子総裁、アメリカの国連第二会議場で講演

1995年7月23日:韓鶴子総裁の講演を記念して法制化された「父母の日」を全米で祝う

2000年6月23日:国連NGO「世界平和教育者国際連合」から韓鶴子総裁に「グランプリ平和賞」が授与される

2000年8月20日:世界平和NGO世界会議から、文鮮明総裁・韓鶴子総裁御夫妻に「万国平和賞」が贈られる

2003年12月22日:ユダヤ教の聖地とイスラム教の聖地を3000人が行進する、イスラエル平和行進を敢行

2007年2月23日:文鮮明総裁・韓鶴子総裁御夫妻聖誕記念日に190か国から3万名参加、ダライ・ラマ14世らから祝辞が贈られる

なお、ジャーナリストの木村太郎さんのお話によると、ワシントンの新聞でかの有名なウォーターゲート事件でニクソン大統領を辞任に追い込んだのはリベラル色の強い「ワシントンポスト」であるが、世界平和統一家庭連合の「ワシントンタイムズ」は逆に保守色を色濃く打ち出しているそうである。

米国で文氏が脱税により収監された際、岸元首相はレーガン大統領に彼の為に親書を送っている!なお、あのトランプ前大統領もビデオメッセージを送っている!

フランス「40年前の統一教会事件」が社会を変えた | 政策 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)https://toyokeizai.net/articles/-/616241

このようなフランスのカルトへの対応も参考にして今一度、国民全体が考えるべき問題です!

私自身は縁が切れたが…鈴木宗男「旧統一教会との関係を指摘されて狼狽する政治家の共通点」 選挙に強い政治家であれば、利用されることはない (3ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)https://president.jp/articles/-/62357?page=3

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日本人は「闇遊び」の達人だった!

「闇学」入門の著者である中野 純(なかの じゅん)さんのお話である。

その集英社新書の案内書きには以下のように書かれていた。

日本人は「闇遊び」の達人だった!
風俗、健康法から、文学世界、信仰まで。
豊かな「闇の恩恵」を全解説!
古来、日本人は月光を愛で、蛍狩り、虫聴きといった闇のレジャーを多彩に楽しんだ。江戸庶民は夜を徹して富士山に登り、『陰翳礼讃』で谷崎潤一郎が「洞穴のような闇」と評した日本家屋の暗がりは西洋の建築家たちを魅了した。つまり日本人は闇の達人だった。
だが今、オフィスでは一日中電灯がともり、深夜でもコンビニの光が溢れる都市から闇は駆逐されている。本書は風俗・文学・信仰・健康……などさまざまな視点から闇を見つめる。衰えた五感を再生し、地球の未来を明るく照らす、豊穣な闇世界への招待状である。
という解説である。

また、別バージョンにおける集英社新書の案内書きにはこのようにある。

日本の闇はやわらかい。それゆえ日本人は闇に親しみ、闇で培われた五感で独自の文化を創り出してきた。
闇を駆逐し、光をあふれさせることこそが文明だという前世紀的価値観は、もうだいぶ怪しいものになってきている。
今、失われた闇を復興し、もう一度闇に親しんで暮らすことは、
古き良き時代に帰ることではなく、まったく新しい時代へ行くことだ。

何とこんなことを研究しているオモシロイ人がいると知ったのは「片桐はいり×中野純 」の対談番組、EテレのSWITCHインタヴュー達人達を見たからである。
日本を代表する個性派俳優の一人、NHKの朝ドラ「ちむドンドン」にも出演の片桐はいりさん。その彼女が10年以上会いたいと願っていた人、自称「体験作家・暗闇ガイド」と名乗る文筆家中野純さんとの対談番組であった。

なお、SWITCHインタヴュー達人達はEテレで2013年から放送されており、初回からファンとなって以来ずっと見続けている番組である。ちなみに初回の対談は忘れもしない「燃える闘魂アントニオ猪木さんと天皇陛下の執刀医の天野篤さん」の対談であった。

さらに同じ2013年には、今では国外逃亡劇で名を馳せた当時は日産ルノーのCEOであったカルロス・ゴーンさんが宇宙飛行士の山崎直子さんと対談。また、亡くなられた瀬戸内寂聴さんがEXILEのATSUSHIさんと対談されている。

閑話休題、「闇学」入門の目次には五章があり、すべて興味をそそられる見出しであるが、特に個人的に興味を惹かれたのは各章で下記の如くである。

第一章 闇の現代史 光に鈍感になった日本人 では、 
 ● 暮れない暮らし、闇不足の時代
 ● 失われた妖怪との共生
 ● 闇が足りないと光も足りない

第二章 闇を遊ぶ 闇を使った賢い生きかた では、 
 ● 花虫風月、夜の虫を愛でる文化
 ● 蛍狩りや虫聴きは闇を楽しむもの
 ● 賢治もナイトハイカーだった
 ● いっぺん死んで生まれ変わる
 ● 日本は暗闇アトラクションだらけ

第三章 夜目と夜覚の世界 五感は闇の中で磨かれる では、 
 ● ただ暗いだけで五感が敏感に
 ● 夜の視力は全体視力
 ● 通夜、徹夜は最高のレジャー
 ● 闇とセックス、もうひとつの無我の境地
 ● 鈍感にする知恵

第四章 日本の闇はやわらかい 日本文化は闇の文化 では、 
 ● 豊かな反射光文化
 ● 西洋の闇はキツく、日本の闇はやわらかい
 ● 和紙が光と闇をやわらかくする
 ● 暗いと遅い、明るいと速い
 ● 暗いトイレがセンスを育む

第五章 明るい未来から、美しく暗い未来へ では、 
 ● 祭りの光は闇を意識させるためにある
 ● 広重が描いた両国花火の暗さ
 ● 引き算の照明でなく
 ● 太平洋は世界一豊かな闇をたたえている
 ● センサー式ライトで光と闇の共存を

あの「銀河鉄道の夜」の宮沢賢治もナイトハイカーだったという指摘には、成程そうだろうなと深く共感できました!

同時に思い浮かんできたのは、確か「バカの壁」で有名な養老孟子さんが仰っていた、「一日に一回たった五分でもいいから、毎日人の手をまったく介さない自然のもの(石ころでも葉っぱでも何でもよし)を見つめる習慣を持ちなさい。」ということでした。これも闇と光の関係と同じく、人間の五感の使い方をリフレッシュさせ人間の感覚を本来あるべき状態にリセットすることなのではと思った次第です。

全体視力をしっかりと意識しながら五感を総動員し、今夜は闇遊びがしたくなって来ました(笑い)

宇宙から見る夜景もお楽しみ下さい! なお、雷とオーロラは圧巻です是非に!

感覚遊び・感触遊びを楽しもう!赤ちゃんも楽しめるアイデアを大特集 (gokkoland.com)https://gokkoland.com/articles/468

大人も赤ちゃんたちの真似をしてどうぞ五感遊びを!

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やるじゃないか「春画」とはEテレ!

つい先日にEテレを見ていて驚いた!
御存知のようにEテレとは、NHKの教育番組である。
その教育番組でなんと「春画」を話題にしていたのである。
「はなしちゃおう!」という番組であった。
素直に、やるじゃないかEテレ!と思った次第である。
番組のなかの解説にもあったが、還暦をとうに超えた我身でも「春画」と言う言葉の響きは、何やら嬉し恥ずかしい思いが生じるものである。

そして思い出したのは、2013年にロンドンの大英博物館で開催された春画展『春画―日本美術における性とたのしみ』「Shunga: sex and pleasure in Japanese art 」である。

これがロンドンで大人気を博し、3ヶ月間の開催中に9万人近い来場者を集めました。

さらに、この大英博物館での「春画」の人気振りに力を得たことから、お国元の日本では開催が難しいと思われていた「春画」をずばりテーマとした展覧会が、東京の「永青文庫」にて2015年についに初めて実現したのです。

こちらはなんと3ヶ月間で21万人の来場者を集めました。勿論18歳未満はお断りの条件でした。実際にその展覧会に足を運んだものの一人として、若い男女のカップルに加え母親と娘さんのカップルや若い二人連れの女性たちがたくさんいらしたなあとの記憶がある。

閑話休題、Eテレの当該番組の話に戻ると、解説の方が江戸時代における「春画」は深く庶民の普通の生活の中に溶け込んだ存在であったとのこと。当時の娯楽の一つである貸本屋において、若い女性たちも気軽に借りて楽しんでいたようである。「春画」は「笑い絵」とも呼ばれ、隠されるようなものではなかったことから、子どもたちも自然に目にしていたようである。それを思うと、江戸時代の「春画」文化は時代を軽く100年以上先取りしていたようにも思えてくる。

なお、そんな江戸の「春画」文化を忘れ去り、現代の我々の多くが「春画」に対し少なからずの羞恥心を覚えてしまうようになったのは、明治初期の政府の方針にあった。

前述のごとく、2013年のロンドンでは大喝采を受けた「春画」であるが、明治初期19世紀末に日本に来た往時の欧米人の目には、「春画」を下品で猥雑としか受け止めることが出来ず大いに日本を非難したとのこと。それに慌てた当時の日本政府が「春画」を禁じる方針を決めたのである。

そんな「春画」が凄いのは、なによりも隠れてコソコソと描くのではなく、堂々と実に楽しそうに思えるごとく菱川師宣をはじめ鈴木晴信や喜多川歌麿や葛飾北斎など、現代においても日本が世界に誇る当時の人気絵師たちがこぞって「春画」を描いたことである。

なかでも有名な作品として菱川師宣の「床の置物」、鈴木晴信の「風流艶色真似ゑもん」、喜多川歌麿の「歌満くら」、葛飾北斎の「蛸と海女」などがよく知られている。

1138夜 『江戸の枕絵師』 林美一 − 松岡正剛の千夜千冊 (isis.ne.jp)https://1000ya.isis.ne.jp/1138.html

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人生は旅!

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば!

ここ十数年来毎年この八月十五日が近づく頃になるとこの短歌が頭に浮かんでくる。


「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづおれて伏す」

 
戦後を代表する歌人の一人、宮柊二(みやしゅうじ)さんの歌集「山西省」にある短歌である。
敵の兵を引き寄せて背後より心臓あたりに短剣を差すと、静かにその相手は倒れて伏した、ということであろう。まるでスローモーションのように衝撃的で残酷な一場面が目の前に浮かび上がってくる。宮柊二さんの代表的短歌の一つである。

宮柊二さんは1939年(昭和14年)から1943年(昭和18年)にかけて五年近く徴兵され、華北・山西省(現・河北省)において帝国陸軍軍人として各地を転戦された。山西省は満州に隣接する地域であり、山海関(満州と華北の境界)のすぐ外側にあたる。いわば「日中戦争」当時における最激戦地である、その戦いは凄絶を極めたとのことである。

誠に勝手な解釈ながら、ごく普通の常識で考えた際には、即ちもし互いに殺し合う状態が普通である「戦争」という名の特殊環境でなければ、まさに現行犯の殺人者の短歌である!

ということは、明らかに戦争というものは普通の人を異常な人に変換する装置と言えよう。

今現在ロシアのウクライナ侵攻による戦争においても、このようなことが現在進行形でリアルに再現されているのが現実である。

同じ「山西省」にある短歌に、「自爆せし敵のむくろの若かるを哀れみつつ振り返り見ず」がある。

自爆をした若い敵の兵を哀れむ気持ちはあれど、振り返ることはなく前進を続けたのである。敵も味方も必死である。戦争という環境では、勝つこと、殺すこと、生き抜くことだけを考えて闘うのであり、理性や哀れみといったものは消え去るのである。

また同じく「山西省」の短歌に、「耳を切りしヴァン・ゴッホを思ひ孤独を思ひ戦争と個人をおもひて眠らず」がある。

厳しい戦場における自問自答の中で、耳を引きちぎったヴァン・ゴッホのことを思い、孤独とはなんであろうかと考え、戦争と個人との関係をいろいろと考えるとなかなか眠ることができない、ということなのであろう。これほど悲惨な戦争の中にあっても真面目で真摯ないつもの普通の宮柊二さんもまた実際にいらしたのである。

なお、1912年(大正元年)生まれの宮柊二さんは1986年(昭和61年)までご存命であった。最晩年の歌集「純黄」の中の短歌に、「中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」がある。今更説明の必要はどこにもなにもないであろう。

一連の短歌を読んで、戦争とはきっとそうに違いないと思えて来るのは、きっと私一人だけではないであろう!

(注)「宮柊二の名歌・秀歌 – 良寛様と文学の部屋」より「宮柊二の名歌・秀歌観賞百一歌」を参照させて頂きました。


宮柊二『山西省』論

【中古】 宮柊二とその時代 / 小高 賢 / 五柳書院 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】
https://youtu.be/TPY8JJIjxkA
徐州とは、元来は山東省南東部と江蘇省の長江以北の地域を指した漢代の地方区分の名称

  

1941年(昭和16年)の唄
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戦争とは何か!

ヒロシマ&ナガサキ=The Principal Ground Zero!

第二次世界大戦後80年となる、2025年の今年もまたヒロシマとナガサキの原爆の日を迎える。

今年の6月にはイスラエルと米国が、共にイランの各施設を攻撃する恐ろしくかつ愚かな出来事があったばかりである。

世界中の人々に、The Principal Ground Zero とは「ヒロシマ」&「ナガサキ」のことであることをあらためてシッカリと噛みしめて頂きたい!

なお、以下のブログは三年前に書いたものであることをお断りしておきたい。

77年前の1945年8月6日午前8時15分「ヒロシマ」には濃縮ウランを用いた原爆リトルボーイが、三日後の8月9日午前11時2分「ナガサキ」にはプルトニウムを用いた原爆ファットマンが世界で初めて投下されました。

世界の中で唯一の被爆国である我日本だけが有する、二つのThe Principal Ground Zero が「ヒロシマ」&「ナガサキ」です!

一瞬の間に「ヒロシマ」で14万人以上、「ナガサキ」では7万人以上、合計で21万人以上の方々が亡くなられました!

ヒロシマ
ナガサキ

そんな日を迎えようとしている2022年8月の今、ロシアがウクライナに侵攻し悲惨な戦争が始まってもうすぐ半年にもなります。

また、先日米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことに対する報復と称し、中国共産党の人民軍は空母も動員して艦船で台湾を包囲して脅しています。

戦争とは即ち、人災であります。いかなる表現を用いようとも、これは変わらぬ事実です。戦争が自然に生じることはあり得ないことです。必ず我々人間が、人為的に起こすのが戦争です。

ただでさえ、地球温暖化による気候変動により自然災害が世界中で著しく増加し、疫病は只今もコロナの真っただ中にあります。

そんな自然災害と疫病に悩まされながら、「ヒロシマ」と「ナガサキ」の原爆投下から77年を迎える今でも、我々人類が人災である戦争を回避する知恵を持つに至らないことが情けなくてなりません。

半世紀以上昔の子供の頃、テレビの鉄腕アトムを見ながら信じて憧れた平和で安全な21世紀は何処へ行ってしまったんだろか?歴史は繰り返されるでは、冗談でも済まされないことです。

取り急ぎ準備すべきことは、欧州の国々が第一次世界大戦と第二次世界大戦における被害に懲りて安全保障の面でNATOを創り、以後は戦争をしていないことを参考とし、アジアにおいてもアジア版NATOのようなものを創るべきだと思います。

その際に注意すべきは、米国がソ連が崩壊した後もずっとロシアをNATOから排除してきた現在の失敗を鑑み、中国を排除することなくカタチはどうであれ実質的には中国も取り込むことに大いに知恵を絞るべきです。

なお、その際プーチン大統領から頼むからロシアも仲間に入れてくれとの依頼があれば、素っ気なく断らずに検討してあげることもあってよしかと。(笑)

最後に標題をThe Principal Ground Zeroとしたことにつきまして一言申し上げます。1945年の原爆投下以来Ground Zeroは長らく原爆の爆心地との意味でしたが、2001年の9.11テロ事件の後には米国において、標的にされたワールドトレードセンターの跡地も同じくGround Zeroと呼ばれるようになりました。米国の皆さんの深い悲しみを思うとそのように呼ぶようになったことも理解できますので、それはそれでよしです。

但し、「ヒロシマ」と「ナガサキ」は9.11とは明らかにレベルが異なります。ハッキリと区別は必要と常々考えていましたので、今回初めてThe Principal Ground Zeroという言葉を造りました。

0832夜 『国破レテ』 村上兵衛 − 松岡正剛の千夜千冊 (isis.ne.jp)https://1000ya.isis.ne.jp/0832.html

『国破レテ』は、2003年の8月6日に書かれていました!

記憶に残るG7ヒロシマ!

アングル:イスラエルと米国によるイラン核施設への攻撃、放射能汚染リスクは|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

「レクイエム」「詩篇」「響紋」三善晃の反戦三部作!

「寛容さの共有」を忘れた社会の危うさ!

日本社会と外交への願い!

非核三原則に関する国会決議の実状!

「倜儻不羈(てきとうふき)」という言葉!

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人生は旅!

円安や円高やと言う前に!

今年2022年1月には1ドルが115円程でありましたが、7月の今では1ドルが138円程度の円安に、つまり日本の円の価値が随分減っています!その結果、我々日本国民はグローバルな観点からは年初よりも貧しく貧乏になったのが今の現実です!
さはさりながら、円安や円高やと言う前に理解しておくべき歴史があります!
それは円とドルの競争の歴史です!
御存知のように米国の建国は1776年、日本の明治維新はその約百年後の1868年です。
明治維新とは言いますが、決してゼロから始まった訳ではありません。260年に及ぶ世界を見渡しても極めて稀な「平和」を維持した我国の江戸時代、その徳川幕府の遺産をまるごと引き継いでスタートしたのが明治維新です。
みんなが知っている米国艦隊の黒船来航、ペリー艦隊がやって来たのは江戸時代の終わりに近い1853年でした。ところが、米国ではこれもみんなが知っているリンカーンの奴隷解放、米国内戦の南北戦争が勃発し1861年から1865年まで続きました。その間は日本のことなどにはとても構っておれない状況だったと思います。

なお、幕末に咸臨丸で勝海舟や福沢諭吉が米国に行ったのは、その南北戦争のまさに直前1860年のことでした。

ちなみに、この南北戦争という米国内戦による米国人犠牲者は約62万人!米国が関わった多くの戦争の中でも最大の犠牲者数でありました!

日本人の犠牲者が約310万人(軍人230万人、民間人80万人)もあった第二次世界大戦の大東亜戦争における米国人犠牲者は約30万人(ほぼ軍人のみ)、またベトナム戦争での米国人犠牲者は約6万人(ほぼ軍人のみ)でした。

戦争と疫病は比較にはなりませんが、今回の米国人コロナ犠牲者は2022年5月時点で100万人を超えているのは誠に大変なことです。

閑話休題、円とドルの話に戻ります。

1871年(明治4年)の新貨条例により、1円=1米ドルと定められました。

これは1869年(明治2年)から、後に早稲田大学を創設した大隈重信(第8代内閣総理大臣・第17代内閣総理大臣)が中心となり、江戸時代の「両」から明治時代の「円」への切替を準備してきた総仕上げでありました。

また話が脱線し恐縮ですが、米国という国は誠に合理的な国であります。アメリカ合衆国国勢調査United States Census)は、アメリカ合衆国憲法第一条第2項に基づき、米国国勢調査局が西暦の末尾が0のつく年の4月1日を基準として実施している米国国勢調査です。一番最初の米国国勢調査は米国建国の14年後の1790年に行われました。それは我日本初の国勢調査が行われた1920年(大正9年)の実に130年も前に行われていました。

ここで言いたいことは、当時の主要国人口のことです。1870年の米国国勢調査から米国の人口は約3900万人。1872年の日本の人口は約3500万人でしたので、人口的に見た場合にはほぼ同じ程度の国でした。ちなみに、1870年のフランスの人口は約3700万人、ドイツが約4100万人、英国は約2300万人。そうです明治の日本は国土の面積は小さかったものの、人口的には既に大国であったことはまぎれもない事実であります。

そのような日米が1871年スタートの1円=1ドルから、経済競争も始めます。明治日本は富国強兵政策で産めよ増やせよで頑張りますが、活発な移民政策も活用して米国はさらにその上を行きます。人口から見ると、我国初の国勢調査の年である1920年の日本の人口は約5600万人ですが、同年米国の人口は初めて1億人を超え約1億600万人となります。そしてまるで人口の差が国力の差であるがごとく、1920年当時の円は対ドルで安くなる流れが定着し2円=1ドル程度となります。

その後は御存知のとおり、米国は広大な国土と地下資源もあってその工業力は、日本だけではなく世界の主要国を圧倒して経済成長を続けます。

とうとう日米が軍事的にぶつかる第二次世界大戦における大東亜戦争が始まる直前の1941年には、円ドルの状況は4円50銭=1ドル程度の円安となっていました。

そして日本の主要都市や工場が米国のB29の爆撃によって壊滅させられ、さらにはヒロシマとナガサキへの原爆投下もあって、1945年8月の敗戦の頃には日本の生産力は戦前の百分の一以下となってしまいました。

円ドルの関係で言うと、円の価値は450円=1ドル程度の劇的な円安となった次第です。実状はそうでしたが、共産主義国家のソ連との対立もあっての配慮から戦勝国の米国は言わばお情けで円に下駄を履かせて、1949年に円とドルの関係を固定相場制とし360円=1ドルと定めたのです。

この固定相場制は1971年のニクソンショックまで、22年間継続しました。

そしてその後に、円高だ円安だと叫ばれる今の変動相場制が定着したのです。

2011年には75円58銭=1ドルという円高局面もありましたが、2022年7月28日現在は136円=1ドル程度の円安の状況にあります。

1985年9月22日G5のプラザ合意!

同じくプラザ合意のことに触れていますが、一味違うコメントがあります!

1262夜 『1985年』 吉崎達彦 − 松岡正剛の千夜千冊 (isis.ne.jp)


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