これは三十代半ばの若き証券マンの頃に、我が敬愛する上司より直接伺ったお話である。
今や懐かしい昭和も終わりに近い頃の京都でのお話だ!
上司が副支店長として京都支店に着任後、しばらくして最初の接待の折の話である。当時会社として明治の時代から長らく贔屓にして来た格式の高い京都のお茶屋での、初めての接待のエピソードであった。
宴席がお開きとなるしばらく前に、そっと仲居さんから女将がお客様をお見送りの後、少々時間を賜りたいとの伝言があったそうである。
宴席も大いに盛り上がりお客様もいい御機嫌でお帰りになった後、しばらくすると女将がやって来てまずは礼を述べた後言うには、「申し送りで代々引き継いで参りました、京の商いの掟をお伝えさせて頂きます。」とのことであった。
女将が言う、京の掟とは、「遅れの哲学、暈(ぼか)しの美学、入会いの論理」の三ヶ条であった。
女将の説明によると、「遅れの哲学とは、つまり二番煎じが本当に美味しゅうおます。最初の成功者をよく観察して素早く見習うのがよろしゅうおす。」「暈(ぼか)しの美学とは、つまりイエスかノーかはハッキりさせたらあきまへん。いづれにも解釈可能な態度と対応が身の安全につながるんどす。」「入会いの論理とは、入会い地のように自分と相手にはそれぞれ複雑に入り組んだ領分がお互い共ににあることをよく考えて商いをおやりやす。」という風な話であったという。
さらに女将は最後に一言、「よく皆さん女は、焼きもち焼きやといわはりますけど、男はんの焼きもちの方がもっとエゲツナおすえー!」とのたまわれるたそうである。
蛇足ながら、真偽の程は不明であるが、当時の日銀の京都支店長の任期はあることをきっかけに、代々1年に限るという慣例になった、との艶聞ガラミのうわさも伺ったことも思い出した。