まず思い出すのは、1972年の9月29日、当時の田中角栄総理大臣と周恩来首相が日中共同声明に調印し、両国民の記憶に鮮明に残る熱烈な握手を交わし、日本と中国の国交を正常化させた場面である。
そして、日本が先の日中戦争の加害者であった負い目の歴史を抱えながらも実現したこの正常化は、当時のグローバルな世界状況を踏まえた両国互いの思惑もあって、日中交流の一層の拡大につながった。
1972年の当時NHKニュースでみた北京のメインストーリーの風景は、自転車の大集団が我が物顔で道路を占領して走り、ポツンポツンと存在する自動車はソロリソロリと遠慮しながら走行するという、実にノンビリとした、しかし強烈な民衆の活気と熱気が伝わってくるものであった。
さらに忘れられないのは、国交正常化からしばらくして技術研修で来日した中国の青年が、NHKのインタビューに答えたその時の発言である。
彼は、「日本の発展は素晴らしい!今の我々の中国とは大違いである。しかし、私たちは努力して100年いや200年かかるかも知れないが、日本に必ず追いつきます。」と言ったのである。
素直にスゴイなと思ったのは、5年や10年の単位の見方で考えるのではなく、100年や200年の単位で考える見方が出来るという、中国数千年の歴史がもたらすと思える青年の何の根拠もないその自信であった。
そして結果は御存知のごとく、それから38年後の2010年に中国は国内総生産GDPで日本を追い抜き、世界第二位の経済大国となった。
たったの38年である!
ただし、この実現には中国人民の努力もさることながら、世界がなんとか概ね「平和」であったこと。それに加えて「技術革新」の恩恵が絶大であったことの二つが大きく貢献している。
一番の「技術革新」は通信である、昔であればいちいち電話線をひくという面倒な工事が必ず必要であったが、携帯電話の普及により面倒で高いコストのかかるインフラの必要はなく、安いコストで簡単に通信手段がもたらされたのである。
タイミング的に中国の成功は「平和」と「技術革新」という二つの恩恵を、フルに受け取る努力を実践した賜物と言える。
そのことを踏まえると、今の中国共産党がその恩恵の一つである「平和」を軽んじて「武力による台湾統一」を唱え、一方では百万人以上の欧米留学生を帰国させて「技術革新」のみを勝ち誇るやり方は、ホンマにバランス感覚に欠ける対応だと言わざるを得ない。
中国共産党は世界平和のためにも、また何よりも中国人民のために、「平和」と「技術革新」の両方のバランスを常に考慮することを忘れてはならないのだ。
後10年もしないそのうちに、ただいま現在高齢化社会の中で苦悩する日本と同じことが、中国でも生じて来ることは人口の状態から直ぐ分かる必然のことである。
もしそのような未体験の極めて困難な事態を、中国人民のためにホントに無事に乗り切ることを最優先とするならば、中国共産党には今ここからは一時の間も「平和」と「技術革新」のバランスを欠いている暇はないはずなのだ。
世界平和のためでもあるが、2300万人の台湾の方々のためと何よりも中国人民自身のために、中国共産党が常に「平和」と「技術革新」のバランスを保つことを願うものである。
これは賢明な中国人民ならばよく分かっていることだと思う!
1472夜 『「中国模式」の衝撃』 近藤大介 − 松岡正剛の千夜千冊 (isis.ne.jp)https://1000ya.isis.ne.jp/1472.html