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JFK暗殺事件に関する機密文書のエピソード!

今話題になっている第二次トランプ政権が公開したジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件に関する機密文書は、これまでの公開とはいくつかの点で異なる。まず、今回の公開では約8万ページに及ぶ文書が対象となり、その多くがこれまで黒塗りにされていた部分を含むものであった!

今から5年前、2020年の第一次政権においてトランプ米大統領は、1963年のジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件に関する機密文書の全面公開を引き続き見送り、2021年10月までに改めて公開の是非を検討するようCIAやFBIなどの関係官庁に指示していた。しかし、次のバイデン政権においては停止されたままだったのである。

そんな経緯を思い出して5年前の2020年4月にNHKが放送した「 未解決事件 File.8 JFK暗殺 (episode 1『 “はめられた”男』とepisode2『 浮かび上がる“黒幕”)』」の内容をあらためて見てみたいと思った!

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このNHK番組は、犯人とされたリー・ハーヴェイ・オズワルドが、逮捕直後に「I’m just a patsy(はめられた)」と叫んだ謎を追い求めた作品である!

逮捕の2日後にリー・ハーヴェイ・オズワルドは、ジャック・ルビーによって暗殺されるのである。

余談ながら、個人的な直観が導くこの事件に対するイメージは、ケネディが亡くなって一年後の1964年に成立する米国の公民権法との強いリンクである。JFK暗殺事件は、当時ケネディ大統領が推進した公民権運動と、想像を超えた深くて複雑なリンク関係があったとのイメージである!

この1963年11月22日のケネディ暗殺については、最近になって元CIAの高官ロルフ・ラーセンが、CIAの一部の暴発説を提唱しているのである。
ロルフ・ラーセンとはCIAで長官賞を受賞し、ヨーロッパ局長を歴任するなどCIAで高い評価を受けた人物である。
彼はCIAに対する忠誠心は厚く、JFK暗殺にCIAの組織全体は関わっていないと考えているとコメントを添えている。

CIAの中には、特に専門性が高いケースオフィサーという職位がる。ケースオフィサーは、CIAの中でもフリーに然るべき資金と人を使ってオペレーションを実行出来るほぼ唯一の立場を有する職位なのである。

ケネディ暗殺事件の当時、CIAケースオフィサーの人数は少なく、全世界で約100人であったという。
そのうち、ロルフ・ラーセンによるとケネディ暗殺案件にアクセス出来たケースオフィサーは合計24人であったという。
さらにロルフ・ラーセンがその24人を絞り込むと、2人が浮かび上がった。
その二人とは、西半球を担当していたジェイコブ・エスターライン(注1)とダラス支局長であったウォルトン・ムーア(注2)である。
この2人は米軍の諜報機関の出身で、第二次大戦中は共に同じ部隊で日本軍と戦った互いに信頼し合う仲間であった。当時のCIAはこのように、元々は米軍の諜報機関出身者が数多くいたのである。
ジェイコブ・エスターライン(注1)は、キューバ危機(1962年10月から11月)につながるビッグス湾事件(1961年4月)においてCIAの陣頭指揮を執った。しかし、彼は作戦を失敗し多くの部下を亡くしていたのだった。

この時代はケネディ大統領が、CIAの解体さえ検討していた可能性もあると指摘されていた時期である。
事実ビッグス湾事件後の1961年末に、ケネディはビッグス湾事件の失敗を理由に、アイゼンハワー前大統領の時代から8年以上CIA長官の座にあったアレン・ダレスを更迭した。

前述のウォルトン・ムーア(注2)は、ソ連から帰国したリー・ハーヴェイ・オズワルドを支援していたデ・モーレンシルト(注3)と友人関係にあったという話である。
なお、オズワルドがソ連に亡命する前の厚木基地時代に接触していたのが、CIAのリチャード ・ナゲル(注4)であった。
内部資料でCIAは、JFK暗殺事件の4年前の1959年11月19日からオズワルドの監視をスタートさせている!
これは、CIAが彼の亡命を利用して、対立するソ連の KGBスパイのモグラ狩りに使った可能性が高いとみられれいる。

ケネディ大統領の間近に仕えて仕事をしていたCIAのレイ・マクバガン(注5)は、当時のCIA内部には強いケネディ批判があったと証言している。

1963年のケネディ暗殺事件の後、1975年に米国の上院によって設立されたチャーチ委員会とは、CIAやFBIなどの諜報機関による不正行為を調査した特別委員会である!
このチャーチ委員会が、1963年のウォーレン委員会に情報を提供したCIAの実績について不利な報告をしたのだ。特にCIAがウォーレン委員会に対して、大切な二つのことを知らせなかったことを批判している。
その一つが、ニューオーリンズにおけるオズワルドの明らかな秘密工作の仕事であった。
そして残るもう一つが、CIAと特定のマフィア指導者の連携協力によるキューバのフィデル・カストロ暗殺工作の数々の試みであったのだ。

このようにCIAの元高官があまり信用していない1964年のウォーレン報告であるが、ここから見えてくるのがカバーストーリー(濡れ衣を着せる話)としてのオズワルドなのである。
また、ウォーレン報告書では、ダラスの現場目撃者200人の聴き取り調査で銃声の場所が当該ビルから聞こえた人々が55人に対し、小高い丘から聞こえた人々が30人であったこや、暗殺直前の11時25分にオズワルドが1 Fで目撃されていた証言は何故か一切没にされている。

さらには、ごく最近になってCIAの内部資料である G Iレポートが発見されたが、ここには報告されないまま水面下でカストロの暗殺計画がなされたこと、しかもそれをケネディの指示があったと捏造しようとしていたことが判明している!

一連のマスコミ報道においてオズワルド犯人説を作り上げたのは、CIAの手先となっていたニューオリンズのDRE(学生革命指導部)と言う反キューバを唱える亡命者グループの団体であった。DREの正式名称は、”Directorio Revolucionario Estudiantil”(Revolutionary Student Directorate)である。
このDREは、当時のCIAケースオフィサーであったジョージ・ジョアニーデス(注6)から、毎月5000万円の資金提供を受けていたのだ。
まさに、ニューオリンズでオズワルドの犯人像が作られた可能性が高いのである。
ごく最近になって元DREの当時広報担当者であったホセ・アントニオ・ラムーズが、CIAから毎月資金提供を受けていたことを初めて明確に証言した。
なお、当時のジョージ・ジョアニーデス(注6)のCIAでの担当は、DREを利用してプロパガンダを作り出すことであった。

今回2025年の公開では新たに約8万ページに及ぶ文書が対象となったが、さて一体ジェイコブ・エスターライン(注1)とウォルトン・ムーア(注2)の上に立っていた人物とは誰なのか?
まだまだ事件の解明には、長い時間がかかるものと思われる。

旧CIA本部ビル正面の扉の内側には、”Andye shall know the truth, and the truthshall set you free”(貴方たちは真理を知り、真理は貴方たちを自由にする)という聖書のヨハネによる福音書第8章32節の聖句が刻まれている。

この聖句は、ケネディ大統領に更迭されたCIA長官アレン・ダレスが、在任中の1961年に元CIA本部ビルの落成式で行ったスピーチで引用したお気に入りの聖句だという!

おまけに、そのアレン・ダレスが、何とあのウォーレン委員会の六人の委員の中の一人に任命されていたのである!

ジョン・F・ケネディ – Wikipedia

ウォーレン委員会 – Wikipedia

機密解除されたJFKファイルは、CIAの行動について「強化された明確さ」を提供する、と歴史家は言う – ハーバード・ガゼット

リー・ハーヴェイ・オズワルド – Wikipedia

ジャック・ルビー – Wikipedia

(注1)ジェイコブ・エスターライン – Wikipedia

(注2)ジェームズ・ウォルトン・ムーア — TPAAK

(注3)リチャード・ケース・ナゲル – Wikipedia

(注4)ジョージ・ド・モーレンシルト – Wikipedia

(注5)レイ・マクガヴァン – Wikipedia

(注6)ジョージ・ジョアニデス – Wikipedia

聖書の引用彫刻 – CIA

アレン・ウェルシュ・ダレス – Wikipedia

今度は前回とは違う用意周到な第二次トランプ政権がスタート!

ノーベル賞in Economicsで思い出した、米国もかつては植民地だったんだ!

鈍偶斎

還暦は過ぎたるも、心は少年の如くありたいと願っています!

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