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ユダヤ人とパレスチナ人が50年間共に生きる「希望の村」が存在するのだ!

イスラエルのテルアビブとエルサレムのほぼ中間点にある小高い丘にユダヤ人とパレスチナ人が半世紀にわたって平和的に共存してきた村があると知り胸が熱くなった!

中東からは遠い日本に住む日本人の一人として、是非そうあって欲しいと願ったパレスチナ人とユダヤ人の共生が、既に半世紀も前から続いている事実を知ることが出来て、大いに感動したのである!

そらそうなのだ!

あのホロコーストを行ったドイツ人とでもユダヤ人は、随分前から仲良く出来ているではないか!

かつて長らく共存して来た歴史もあるパレスチナ人とユダヤ人が、再び仲良く暮らすことは絶対可能なはずだ!

パレスチナ人とユダヤ人は共存出来ないというのは、まさしく政治的プロパガンダであり、正真正銘のフェイクニュースだ!

パレスチナ自治区ガザでの戦闘が始まった昨年10月以降も、そこの村人たちは対話を重ね、「共生の希望」となることを願っているそうである。

その村は、ヘブライ語で「ネベ・シャローム」、アラビア語で「ワハト・サラーム」と呼ばれる。それぞれ「平和のオアシス」を意味するネーミングである。

ユダヤ人とパレスチナ人が40家族ずつ、合わせて約300人が住むという。村人には、大学教授や弁護士ら知識人や芸術家が多いという。

1970年にフランス人神父が修道院の土地約0・2平方キロ・メートルを譲り受け、ユダヤ人とパレスチナ人の共存を目指して造った。入村の際には共存の考えを審査されるが、希望者は途切れず、新たに住宅35戸の建設が進んでいるという。
「平和のオアシス」には幼稚園と小学校があり、村内外から計280人が通う。子どもたちは、ユダヤ人とパレスチナ人が半々。ヘブライ語とアラビア語を教え、互いの文化や宗教を尊重する教育を実践している。
児童の中には、ガザで親戚が殺害されたパレスチナ人がいれば、親が予備役で徴兵されたユダヤ人もいる。学校では双方の教師が一緒に教え、遊ぶ時間を増やしたそうだ。
学校運営の責任者でパレスチナ人の社会福祉士サマフ・サライメさん(48)は「この狭い土地で互いを理解し、一緒に暮らす大切さを教えている」と強調する。

村長のエルダッド・ジョフィさん(65)は、「困難な中にあっても、対話を繰り返せば一緒に暮らせるモデルだ。」と胸を張って述べている。

ホンマにその通りだと思う!

そしてこの村で出来ていることが、他の村や町でも出来て当然だと思うのである。

要は、パレスチナ人とユダヤ人それぞれの「心一つの置き所」なのだ!

共に生きようと心に決めれば、それが出来るのが人間なのだ!

共生50年、ユダヤ人とパレスチナ人「希望の村」…「対話繰り返せば一緒に暮らせるモデル」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

“違う存在”だった私が見つけた「ホーム」――イスラエルに生きるアラブ・パレスチナ女性が語る「共生」の意味 – Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル) (d4p.world)

ユダヤとパレスチナ 2つの民族が共存する村「平和のオアシス」 (tv-asahi.co.jp)

本気で平和を唱えるならウクライナと同じ様にガザの人々を支援すべし!

WHYイスラエルでホロコースト生存者は、弱い犠牲者と見なされ軽蔑されたのか?

パレスチナの風刺漫画の主人公、少年ハンダラは今も10歳のまま生きている!

ガザの休戦期間の4日間を利用し、日本の支援でNHK「のど自慢大会」を!

鈍偶斎

還暦は過ぎたるも、心は少年の如くありたいと願っています!

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