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フロンティア・スピリット(frontier spirit)!

フロンティア・スピリットとは、「開拓者精神」。特に米国の西部辺境における開拓者たちの精神。剛健・忍耐・創意、また闘争性・現実性・利己性などを特色とする。

このあまりにも有名な米国のキャッチフレーズを生み出す源となったのが、マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)であった。

マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)とは、日本語でしばしば「明白な運命」と訳されている。

この「マニフェスト・デスティニー」を初めて説いたのは、ジョン・オサリヴァン(John L. O’Sullivan 1813年 ~1895年)で、日本がまだ江戸時代であった1845年の『デモクラティック・レビュー』において、以下の3つの主張をした。
①米国の西部拡大は、神に与えられた使命である!
②神によって与えられた土地を拡大し、自由と連邦制に基づく統治をする必要がある!
③民主主義を拡大することが、米国人に与えられた使命である!

日本の明治維新で言うならば、これらの言葉があたかも「錦の御旗」の如きものとなったのだ!

要するに、自分たちの行為や主張などを、権威づけるために掲げた名分、キャッチフレーズになったのである!

このキャッチフレーズに、当時の米国人は熱狂した!

そして、「マニフェスト・デスティニー」をキャッチフレーズに思想的な支柱とした米国は、テキサスの併合や米墨戦争(アメリカ・メキシコ戦争)を経て西部の広大な土地を獲得、略奪していったのである!

主義や主張はやや異なるものの、当時に米国がやったことは、200年前のことではあるが、21世紀の今ロシアがやっているウクライナ侵攻に誠によく似ている気がして来る!

また同時に、あらためて今プーチン大統領が、如何に時代錯誤の権化であるかとも思えて来るのである!

されど現実は悲しくも、歴史が再び今繰り返されているのだ!

なお、ジョン・オサリヴァンの「マニフェスト・デスティニー」の主張は、以下の4つの構成要素から成り立つ。
1:共和主義の拡大…人民の代表による政治体制。つまり、民主主義の実現と共和政国家を目標にしたもの。それは本質的に君主制のヨーロッパとは異なる政治体制である
2:連邦制の採用…連邦制は米国政治政治制度を同質的に拡大するための政治的措置として採用された
3:民主主義の使命…自由と平等を大原則とする民主主義を大陸的規模で拡大する使命
4:アングロサクソン主義…米国植民地はイギリス人によって経営され、独立も彼によって成された。イギリス系アメリカ人が求めた、自由と平等の限りない発展が中心にあること忘れてはいけない。
マニフェスト・デスティニーは、これらの4つの構成要素により米国の膨張主義的感情を駆り立てる役割を担ったと言える。

このことを政治的に眺めると、「米国の民主党」と密接な関係をもった思想であったと言える!
事実、マニフェスト・デスティニーの実現には、明治維新の少し前にあった南北戦争の12年前、当時の民主党大統領であった第11代米国大統領ポーク(1845年~1849年)の存在が不可欠であったといわれている。

歴史を振り返ると、米国人の領土拡張熱の矛先は1830年代にはテキサス、1845年以降はさらに西へと広がっていった。
米国は1837年に一方的にテキサスをメキシコから独立させた後、1945年にはテキサスを自発的に米国に併合させた。そして米国は1846年から1848年の米墨戦争(アメリカ・メキシコ戦争)によって現在のカリフォルニア、ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミングという6つもの州を獲得したのだ!

こんな歴史を今あらためて確認すると、トランプ前大統領が何と言おうが、国境にカベを造ろうが、メキシコ移民が国境を接するカリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサスを目指すのは、人情として至極当然の気がして来る。

さらには、1837年にテキサスをメキシコから切り離し、一度はテキサス共和国という独立国にさせるという見事なお手並みを拝見すると、大日本帝国時代の日本が満州国(1932年~1945年)を独立させたのは、まるで100年前の米国のマネをしたように思えて来るのである!

当時アングロサクソン系の米国人が獲得を目指した土地の大部分は、メキシコに領有権があり、インディアンやメキシコ人が少数ながら居住していた。これらの土地は人口が少なく、メキシコ政府の統治力が弱かったため、領土拡大の標的とされたのであった。

ちなみに、極東ロシアは世界でも有数の人口密度の低い地域となっている。極東ロシアの人口はソビエト連邦崩壊後急速に減少しており、これはロシア連邦成立後も変わっていない。極東ロシアの人口は過去15年で14%減少した。2016年の調査によると人口は約620万人であるとのこと。

きっとプーチン大統領も内心では、どこかの国のことを日々大いに気にしていることであろう!

参照1:【マニフェスト・デスティニーとはなにか】影響から具体例まで解説|リベラルアーツガイド (liberal-arts-guide.com)

参照2:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』極東ロシア

参照3:フロンティアスピリット(frontier spirit)の意味・使い方をわかりやすく解説 – goo国語辞書

鈍偶斎

還暦は過ぎたるも、心は少年の如くありたいと願っています!

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