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ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば!

ここ十数年来毎年この八月十五日が近づく頃になるとこの短歌が頭に浮かんでくる。


「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづおれて伏す」

 
戦後を代表する歌人の一人、宮柊二(みやしゅうじ)さんの歌集「山西省」にある短歌である。
敵の兵を引き寄せて背後より心臓あたりに短剣を差すと、静かにその相手は倒れて伏した、ということであろう。まるでスローモーションのように衝撃的で残酷な一場面が目の前に浮かび上がってくる。宮柊二さんの代表的短歌の一つである。

宮柊二さんは1939年(昭和14年)から1943年(昭和18年)にかけて五年近く徴兵され、華北・山西省(現・河北省)において帝国陸軍軍人として各地を転戦された。山西省は満州に隣接する地域であり、山海関(満州と華北の境界)のすぐ外側にあたる。いわば「日中戦争」当時における最激戦地である、その戦いは凄絶を極めたとのことである。

誠に勝手な解釈ながら、ごく普通の常識で考えた際には、即ちもし互いに殺し合う状態が普通である「戦争」という名の特殊環境でなければ、まさに現行犯の殺人者の短歌である!

ということは、明らかに戦争というものは普通の人を異常な人に変換する装置と言えよう。

今現在ロシアのウクライナ侵攻による戦争においても、このようなことが現在進行形でリアルに再現されているのが現実である。

同じ「山西省」にある短歌に、「自爆せし敵のむくろの若かるを哀れみつつ振り返り見ず」がある。

自爆をした若い敵の兵を哀れむ気持ちはあれど、振り返ることはなく前進を続けたのである。敵も味方も必死である。戦争という環境では、勝つこと、殺すこと、生き抜くことだけを考えて闘うのであり、理性や哀れみといったものは消え去るのである。

また同じく「山西省」の短歌に、「耳を切りしヴァン・ゴッホを思ひ孤独を思ひ戦争と個人をおもひて眠らず」がある。

厳しい戦場における自問自答の中で、耳を引きちぎったヴァン・ゴッホのことを思い、孤独とはなんであろうかと考え、戦争と個人との関係をいろいろと考えるとなかなか眠ることができない、ということなのであろう。これほど悲惨な戦争の中にあっても真面目で真摯ないつもの普通の宮柊二さんもまた実際にいらしたのである。

なお、1912年(大正元年)生まれの宮柊二さんは1986年(昭和61年)までご存命であった。最晩年の歌集「純黄」の中の短歌に、「中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」がある。今更説明の必要はどこにもなにもないであろう。

一連の短歌を読んで、戦争とはきっとそうに違いないと思えて来るのは、きっと私一人だけではないであろう!

(注)「宮柊二の名歌・秀歌 – 良寛様と文学の部屋」より「宮柊二の名歌・秀歌観賞百一歌」を参照させて頂きました。


宮柊二『山西省』論

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徐州とは、元来は山東省南東部と江蘇省の長江以北の地域を指した漢代の地方区分の名称

  

1941年(昭和16年)の唄
鈍偶斎

還暦は過ぎたるも、心は少年の如くありたいと願っています!

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